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中央集権・最適工業社会の繁栄と限界

1 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 08:00:17
 戦後60年の間、日本は実質的に官僚主導の中央集権体制下にあった。
この仕組みは戦後復興や高度経済成長を達成する上で大きな成果を上げたが、
日本が成熟国家となった今では、画一性と非効率をもたらす重荷になりつつある。
もともとは国家総動員法に基づく戦時体制が戦後も生き残ったものであり、
本来の民主主義からはほど遠い実態である。

 現行憲法が制定された当時の日本は貧しい敗戦国であり、地方自治は
単なる形式にすぎなかった。成熟国家になった今こそ、権限と財源を大胆に
自治体に移譲し、地方分権を通じて地域を活性化させ、地域間競争を促して
日本全体の活力を高めることが必要である。

 現行憲法を貫く民主主義の根本原理は「個人の尊重」「政治の復権」「法の支配」
のはずである。新憲法の制定によってこの三つの原理をあらゆる分野でさらに
深化発展させ、名実ともに真の民主国家となることが「戦後60年」を超えた
日本の課題である。

ttp://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20050108MS3M0800P08012005.html



108 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/22(水) 21:21:19

/// 日本における「文明の犯人」 6 ////

 しかし、この頃すでに先進国の中国では古代文明が衰退して久しく、宗教的な
社会主観の社会、つまり中世が完成していた。このため、日本への技術の流入も
一通りのことがすむと中断する。そのうえ、これと一緒に流入した思想はいかにも
中世的で、古代文明にあこがれる日本人には受容し難いものが多かった。
素晴らしい先進国で普及しているのだから、よいはずだと思ってみても、どうにも
納得ができない。ごく一部の外国かぶれが感心するだけで、一般庶民にはなじめ
なかった。
 このことから日本人は、外国文化のある部分を受容し、他の部分を峻拒する
選択の習慣を身につけた。古代の日本人は、中国文化の熱心な模倣者であり、
多くのことを中国に学んだが、同時に、他の国々には例を見ないほどの頑固な
拒否者でもあった。

////////////////// 堺屋太一著 ///







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