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中央集権・最適工業社会の繁栄と限界

1 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 08:00:17
 戦後60年の間、日本は実質的に官僚主導の中央集権体制下にあった。
この仕組みは戦後復興や高度経済成長を達成する上で大きな成果を上げたが、
日本が成熟国家となった今では、画一性と非効率をもたらす重荷になりつつある。
もともとは国家総動員法に基づく戦時体制が戦後も生き残ったものであり、
本来の民主主義からはほど遠い実態である。

 現行憲法が制定された当時の日本は貧しい敗戦国であり、地方自治は
単なる形式にすぎなかった。成熟国家になった今こそ、権限と財源を大胆に
自治体に移譲し、地方分権を通じて地域を活性化させ、地域間競争を促して
日本全体の活力を高めることが必要である。

 現行憲法を貫く民主主義の根本原理は「個人の尊重」「政治の復権」「法の支配」
のはずである。新憲法の制定によってこの三つの原理をあらゆる分野でさらに
深化発展させ、名実ともに真の民主国家となることが「戦後60年」を超えた
日本の課題である。

ttp://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20050108MS3M0800P08012005.html



59 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/03(日) 18:49:24

/// 工業モノカルチャー社会 34 ////////////////

 本来、国家の基本方針の策定と政策の総合調整は政治の仕事だ。しかし、
政治家が大所高所からの調整機能を発揮しようとすれば、官僚機構は「外音勢力
による権限と慣例の破壊」と見なして強く反発する。そのことが、官僚たちと結合した
マスコミによって支援されるこの国で、各省大臣や国会の各委員長の手腕も、
それぞれの関係する省庁の官僚たちの意向をどれだけ忠実に押し通し得たかによって
決める、という評価基準を確立してしまった。そしてその意味での「よき政治家」には、
各省官僚の熱心な支援が約束され、各省所管の業界からの助力が期待できるのである。

/////////////////////////// 講談社文庫 ///






60 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/05(火) 23:16:12

/// 工業モノカルチャー社会 35 //////////////

 このため、個々の官僚はきわめて熱心であり専門的知識に長けているにもかかわらず、
全体としての日本の行政はきわめて非能率であり、不整合でもある。一つの官庁が
ある方向への施策を打ち出すと、他の官庁はその独走を恐れて対抗案を出す。
各官庁間の権限範囲が複雑に入り組んでいるため、一つの官庁が新しい政策を
展開することで権限範囲を拡げるのを、他の官庁は警戒し妨害する。今日、国際問題に
関する日本の対応の遅さがしばしば問題になるが、その主たる原因も官庁間の
調整に手間取るためだ。 官僚としての優劣が、国家または国民の総合的利益を
実現する判断の正確さと実行の迅速さによって測られるとすれば、日本の官僚は
けっして優秀とはいえないだろう。

/////////////// 講談社より絶賛発売中! ///





61 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/08(金) 19:49:19

/// 工業モノカルチャー社会 36 ///////////

        官僚と教師のための教育制度

 日本で「優秀」と信じられているもののなかには、「日本式経営」や「日本的官僚」の
ように、日本的尺度 ― つまり規格大量生産の拡大発展こそ正義とする尺度 ― に
おいてのみ「優秀」なものが少なくない。日本が世界に誇る学校教育もまた、その
一つである。
 今日、日本の学校教育に対してはさまざまな批判がある。とくに生徒の暴力事件や
教師の不祥事が露見したときにはそれが高まる。しかし全体としては「日本の初等
教育は優秀だ」との見方はいまだに根強い。「日本の教育は上に行くほど悪くなる。
小・中学校は規律も正しいし、成績も優秀だが、大学生は勉強もしないし個性もない。
独創的な学説や研究が大学から発表されることも少ない」というのが大方の評価だろう。

/////////////////////// 堺屋太一著 ///






62 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/10(日) 18:41:20

/// 工業モノカルチャー社会 37 //////

 日本の大学が欧米に比べて創造的な研究が乏しいのは、おそらく事実だろう。だが、
小・中学校が優秀だというのは疑わしい。教育学者や文部官僚が挙げるその根拠は三つ、
就学率の高さと、教室での規律の正しさと、数学や理科・地理の試験結果が諸外国に
比べてよいことだ。しかし、これで日本の初等教育が優れていると結論できるだろうか。
 就学率の高さは、学校教育の内容や制度のよさによるのではなく、日本の伝統である。
明治維新の年(一八六八年)、日本ではすでに成人男子の四〇パーセント、女子の二五
パーセントが寺子屋等の教育機関に通った経験を持ち、読み書きソロバンができた。
同じ年、世界で最も進んだ工業国であったイギリスでも、教育機関に通った経験者は
男子の二五パーセントに過ぎなかった。その当時、女子の入学を認める学校はヨーロッパには
なかったのである。このことを考えれば、豊かで子供が少ないいま、日本人の就学率が
高いのは当然だ。この国には衣食を削っても子弟を学校に通わせる慣習が古くからあったのだ。

////////////// 「日本とは何か」 ///






63 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/12(火) 20:13:39

/// 工業モノカルチャー社会 38 ////////////////

 教室における規律の正しさも、それが生徒の自覚によるものでなく、教師の厳重な
監視の結果だとしたら、教育の良否を決める尺度とはなり得ない。どこの国でも軍隊と
監獄は規律正しい。だからといって、軍隊や監獄の仕組みが最良の教育方法とは
いえない。指導要綱と校則に縛られた日本の学校は、それに近い状況といえなくもない。
このことが生徒の個性と独創性を抑圧しているマイナスも無視できない。
 数学や理科の国際共通試験で、日本の中学生や高校生が、韓国、イスラエルと
並んで優れた成績を収めているというのも、必ずしも学校教育の優秀さを示すとは
限らない。日本特有の入試用受験技術が教え込まれた結果とする見方も有力
だからだ。現にドイツの中学生に日本式の受験技術を三時間ほど講義したところ、
たちまちその学校だけは日本以上の試験結果になったという例もある。もし、
試験の成績のよいことが教育の優秀さの尺度だとすれば、その功績は学校よりも
学習塾に帰すべきであろう。

///////////////////////////// 1991年刊 ///





64 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/14(木) 19:41:47

/// 工業モノカルチャー社会 39 //////////////////////

 要するに、国民全員が初等教育を受け、規律正しく教師の管理に服し、数学や
理科などの基礎知識と基本技能を身につけることが、教育の善悪を測る尺度とする
考え方は、規格大量生産の現場で働く人間として使いやすく役に立つ人材をつくる
ことこそ教育の目的、という発想に立ってのことである。
 より大きな視野で見るならば、教育の良否は、第一にその教育を受けた人間が
幸せな人生を送り得るかであり、第二には人類の繁栄と進歩とに貢献し得るかである。
そして第三には同じ成果を上げるのに、本人の苦痛と父兄の負担が少なく効率的に
行っているかどうかである。

////////////////////////////////// 講談社文庫 ///






65 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/16(土) 18:53:30

/// 工業モノカルチャー社会 40 //////////

 今日の日本の学校教育が、こうした尺度から見たときに、優れたものといえる
だろうか。現に諸外国での評価はけっして高くない。少なくとも日本の学校教育が、
楽しいものではないこと、人類の進歩に役立つ創造力に富んだ個性を育てるもの
でないこと、そして本人の苦痛と父兄の負担の大きいものであることは確かである。
 日本という社会を考える場合に重要なことは、こうした全人生的全社会的な
見地からの学校教育に対する評価や批判が、日本の教育界や文部官僚から
ほとんど出ない点である。つまり、この国では、教育もまた教育官僚と教師の
仲間内の評価に固まる内志向に徹しているのである。

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66 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/18(月) 19:32:51

/// 工業モノカルチャー社会 41 ////////////

        他人の負担を顧みない日本の組織

 これに似たことは、もう一つの日本の自慢、治安についてもいえる。日本が犯罪の
少ない国であり、犯人逮捕率も非常に高いことは前述した。しかし、それが日本の
警察制度の優秀さという説には疑問が残る。日本は徳川時代以来、きわめて治安の
よい社会であり、公的な警察機関がごく小規模だった大坂の町や僻地の農山村でも、
犯罪率は非常に低かった。日本は古くから被統治能力の高い社会なのだ。今日の
治安のよさもその伝統に負うところが大きい。
 他方、現在の日本の警察は、安全性を重視するあまり、人々の自由な行動を規制
するのに躊躇することがない。このため、重要国賓や国家行事となれば東京中が
交通規制で大渋滞、市民生活と経済活動が著しく妨げられる。だが、警察当局が
それによる市民の負担に配慮する気配はまったくない。警備の観点からの完備を
期するあまり、社会全体の利便や生活の楽しみが破壊されている現実を直視しない
のである。

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67 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/20(水) 19:39:07

/// 工業モノカルチャー社会 42 ////////////

 同様のことは、建築物の安全基準や公園の管理にも現れている。日本の建築費は
諸外国に比べて著しく高い。その原因の一部は、あまりにも厳格な建築基準法や
消防法にある。建物の安全性に責任を持つ建設省や消防庁は、自己の責任を
果たすためには建物の建設と利用にかかわる不便や費用を顧みない。それでいて
日本の火災件数当たり焼死者数は欧米に比ぺて十二倍以上である。
 公園の管理が杓子定規で使い難いことは前述したが、施設の面でも管理重視の
基準制度ができている。都市内の公園は、規模によって都市公園と児童公園とに
分かれているが、そのそれぞれに面積当たりの植樹や施設が定められている。

//////////////////////// 堺屋太一著 ///






68 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/22(金) 19:40:31

/// 工業モノカルチャー社会 43 ////////

それも、「一〇〇平米当り上木×本、中木×本、下木×本」という厳格なものだ。
小規模な児童公園の場合は、ブランコと古タイヤの遊具などをつくることも、
「例示」という形で指導されている。
 こうした基準を厳格にすれば、つくるのには知恵が要らず管理するのも容易だ。
公園空間の供給者たる自治体職員は有難いだろう。しかし利用者にとっては
おもしろみがなく、街には特色がなくなってしまう。本来、市民のためのはずの公園が、
建設管理者の安易さを優先させる結果になっているといっても過言ではない。だが、
この国の官僚機構では、そんな規格基準が問題にされることさえ滅多にない。
官僚の目は、官僚機構内部の責任回避と仕事のやりやすさにのみ向けられ、
それによって引き起こされている外部の不便と負担の大きさに向けられることはない。

//////////////// 「日本とは何か」 ///






69 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/24(日) 18:12:41

/// 工業モノカルチャー社会 44 //////////////

        落差の激しい同心円的帰属意識

 こうした内志向は、各人の帰属意識に応じて、ときにはさらに細分化され,ときには
大きく拡大する。同じ企業のなかでも、自分の属する部課や支店が優先され他の
部課や支店と厳しく区別する。そのため、ときには同一企業の部課や支店が顧客の
取り合いに血道を上げることもある。
 しかし、いったん共通の「外敵」が現れれは、相対的共通性を求めて結束する。
税制や行政の問題では各業界が団結する。外国からの新規参入には、業界こぞって
反対する。業界への帰属意識を持つ企業経営者同士は強い連帯感で結ばれている。
ふだんは過当なまでの競争をくり返している同業各社が、政府への対応や外国との
競争で「業界のため」となれば、不思議なほどにまとまりがよくなるのである。
 要するに、日本人の多くは、各段階ごとに他と区別する落差の激しい同心円的
帰属意識を持っている。

////////////////////////// 1991年刊 ///






70 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/26(火) 20:23:18

/// 工業モノカルチャー社会 45 ///////

 当然、この心理状況では、外国は最も外側に置かれる。このため、日本人の思考の
なかで、強く意識する国内とそうではない外国との間には、天地の落差がある。世界の
どこかで航空事故があれば、まず「日本人旅客」が問題となり、「いませんでした」と
いえば急に記事も小さくなる。「いた」となれば、それ以降の報道は、その日本人のこと
ばかりになる。いずれにしても、「外国人」は無視ないし極度に軽視されるのである。
 人命にかかわる航空事故でさえこれだから、経済や習慣のことになれば、外国人無視は
より著しい。貿易摩擦の問題でも、外国からの輸入で日本の産業が被害を受ければ
大騒ぎになるが、日本の輸出で被害を受ける外国の産業や労働者にはきわめて鈍感だ。
というよりも、外国の事情に対する想像力が、ほとんどの日本人には欠けている。そして
そのことを、日本人は冷酷とも異常とも思わない。世界中がそんなものだと思い込んで
いるからである。

/////////////////// 講談社文庫 ///







71 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/28(木) 19:01:11

/// 工業モノカルチャー社会 46 //////////////

 一九九〇年代に入って、ようやく批判されるようになった「一国平和主義」も、その
延長線上の問題といえるだろう。戦後の日本人は、自国が戦争に巻き込まれることを
恐れるあまり、世界の平和がいかにして保たれているかを考えようともしなかった。
「狭くない海」で隔てられたこの島国と同様の国々ばかりが、全世界に拡がっていると
信じたがってきた。そしてそのなかでは、わずか半世紀前に犯した侵略戦争当時の
日本自体の社会心理さえも忘却してしまっている。このため、多くの日本人は、平和と
反戦を叫んでいれば平和が自動的に生まれると思い込むことで、世界の平和を守る
ために払われている努力と負担に想像力を及ぼさない。内志向の日本人は、あらゆる面で、
外延的な想像力を働かせる習慣がないのである。

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72 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/30(土) 19:15:16

/// 工業モノカルチャー社会 47 ////////////////////

        「顔」のない経済大国

 外国で、「日本について何を知っているか」と質問すると、返ってくるのはたいてい
商品名だけである。「トヨタ、ニッサン、ホンダ、ソニー、パナソニック、キャノン……」
といった類なら、十や二十はすぐにも並べられる外国人は多い。しかし、日本の文化や
制度、風習についていえる外国人はごく少ない。せいぜい「スシ」や「ヤキトリ」に
代表される料理名と柔道空手などの武道系スポーツが思い出される程度だ。
 とくに稀少なのは個人名、比較的日本とのかかわりが深いアメリカでも、個人的知人
以外の日本の人名を一つでも咄嗟にいえる人は五人に一人以下である。日本の
テレビ局が一九八七年に行った調査では、アメリカで最も知られた日本人は「テンノウ・
ヒロヒト」だが、それでもやっと七パーセントである。

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73 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/04/30(土) 21:30:11
>>72
と言うことは日本人がいかに物知りかと言うことだ。

咄嗟にルワンダの首都はキガリだと日本人なら大方知っている欧米人は殆ど知らない
君はしっていたかね。日本人なら知っていただろ

74 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/02(月) 19:23:00

/// 工業モノカルチャー社会 48 ////////////////

 「国名から何が思い浮かぶか」 − この調査を、日本以外の国について行うと、
結果はまったく逆になる。アメリカでもヨーロッパでも、日本自身においても、
出てくるのはまず人名、次いで文化が多い。たとえば、アメリカといえばまず
「ワシントン、リンカーン、チャップリン、ケネディ、マリリン・モンロー」であり、次いで
「野球、ジャズ、ハンバーガー」といった類だ。イギリスといえば「シェイクスピア、
チャーチル、エリザベス女王」であリ、次に「競馬、二階建バス、ウィスキー」、
ドイツといえば「べートーベン、ゲーテ、ヒトラー」と「音楽、ビール」、中国といえば
「孔子、楊貴妃、孫悟空、毛沢東」と「中華料理、漢詩、書道」である。

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75 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/04(水) 20:10:01

/// 工業モノカルチャー社会 49 ////////

 もちろん、日本でも外国でも、人名や文化の内容がまったく知られていない国は
多い。セイシェルやベリーズの国名から何かを思い浮かべることのできる人は、
特別の関係者かよほどの物識りであろう。だが、そういった国は、商品名もまったく
知られていない。
 日本のように商品名だけは知れ渡りながら、人名も文化の内容も知られていない国は、
ほかにどこがあるだろうか。思い浮かぶのはスリランカの紅茶とサウジアラビアの
石油ぐらいだ。おそらく、たいていの外国人が十も商品名が並べられるのに人名は
一つも思い浮かばない国は、世界中で日本だけではないだろうか。つまり、日本は
「顔のない経済大国」または「工業製品だけを吐き出すブラック・ボックス」なのである。

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76 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/06(金) 19:03:13

/// 工業モノカルチャー社会 50 ////////

 いま、日本は「特殊な国」か、「特殊ではないのか」という議論も盛んだが、少なくとも、
この点ではきわめて「特殊」だ。そしてそのことこそ、日本を考えるうえで最も重要な
鍵でもある。そこに、今日の日本と日本人の特色が集約されているからである。
 権限が下部にまで分散している日本では、工業製品の設計や企業の経営を、特定の
個人の名前と責任に帰すことは難しい。もし、あえてそれをする者があれば、嫉妬深い
仲間から大いに非難されるだろう。そしてそれこそ、内志向の日本人の最も恐れる
ところである。

///////////////////// 1991年刊 ///







77 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/08(日) 18:42:07

/// 工業モノカルチャー社会 51 //////

 政治家や芸能人など知名度が職業的に必要な人々を除けば、圧倒的多数の日本人は、
外国や世間一般の著名度よりも仲間内の評判をたいせつにする。学者や芸術家でさえも、
世間での作品業績の評価と著名度よりも、学界や文壇、画壇の人格的評判を気にするし、
そうすることが「利口な生き方」になっている。
 この国では。外国にも個人名の知られるような独創的個性は、それぞれの専門分野の
人脈には入り難い。むしろ自らの個性と自己主張を抑え、それぞれの属する企業、
官庁、学界、文壇、画壇等において、当たり障りのない世話好きとして生きるほうが、
はるかに生きやすく成功率も高い。なかには、ただそれだけを何十年間かつづけたことで、
学界や文壇、画壇の「重鎮」となった人も多い。斯界の最高位とされる学者や文人が、
学術的業績や著名な作品が皆無に等しい例もけっして珍しくない。

////////////////// 講談社文庫 ///







78 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/10(火) 19:24:44

/// 工業モノカルチャー社会 52 /////////

 日本国内の、それもそれぞれの専門家集団のなかでしか知られない世話役的人脈
ほど普遍性のないものはない。それがきわめて重要だという日本社会の評価基準は、
完全に国際性を欠いている。日本人の海外旅行が一般化し、海外駐在が増えた今日でも、
この点ばかりは改まる気配がない。むしろ若年層ほど人脈的思考が強まっている。
 日本文化が他の国々のそれに比べて特別の伝統と微妙さを持っていることも、
日本語が翻訳し難いニュアンスを含んでいることも事実だが、日本の文化的孤立性は
そうした「過去」にばかり起因するわけではない。現在ただいまの日本と日本人の持つ
強い内志向的発想と仲間内評価の重視もまた、日本をして「顔のない経済大国」に
している大きな − おそらくは最大の − 要因であろう。

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79 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/12(木) 21:38:16
>>78
他の経済大国はどういう顔をして居るんだね?実例を挙げてみな

又顔かたちがそれぞれどう違うんだね、はっきり比較して

誰にでも判るように説明してみな、言葉で言えなきゃガセネタだ

80 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/12(木) 21:56:47

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行
    講談社文庫

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3e3b1af5af17e01031ae?aid=&bibid=01047403&volno=0000
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061855948/qid=1044798070/sr=1-2/ref=sr_1_0_2/249-0943028-6665127
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9940084056
http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/0000497890/
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=18956766

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81 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/12(木) 22:01:03

/// 工業モノカルチャー社会 53 /////////

        工業モノカルチャー大国

 平成の日本社会全般に広まった内志向と仲間評価の優先は、日本式経営の
精神的基盤にもつながっている。内志向は職場単属型の人間を育て、閉鎖的
労使慣行を生みやすい。仲間評価の優先は、権限の下部分散による集団主義を
つくりやすい。そしてその二つが永年つづけば、企業全体が従業員共同体と化す
ことにもなるだろう。同じことは、政府官僚組織にも、政治家、学界、文壇、画壇にも
拡がっている。平成の日本は、日本式経営の原理と心情が全面的に拡がった
社会ということができる。

////////// 講談社より絶賛発売中! ///







82 :アポロン:2005/05/12(木) 22:11:24
えーアポロンでございます。
「地方自治体」の大半は「現実論」として「破産確実」であります!
「地方」の「産業基盤の惰弱さ」は「決定的」なものであり、「地方」は
悲しいかなついにこれを「克服」できずでありました!
しかし「破産」といっても何も消えて無くなる訳じゃない。
「総務省」という「お役所」の「管轄」に入る訳です。
「地方」は消えて無くなる訳じゃありません!
「地方自治」に「不可欠」である「強力な産業基盤」を「構築」し、また
いつの日か「確かな土台ある地方自治」を「復活」させようではありませんか!
「明日」に向かって生きるのです!



83 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/13(金) 16:22:24
80 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/12(木) 21:56:47

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行
    講談社文庫

要するに↑を読めと言うことか、講談社と堺屋太一の宣伝のためのお先棒か。

他人の言説を鵜呑みにして、その一部をしたり顔で述べても何の価値もないよ
自分の言葉で自分独自の議論をしたまえ。提灯持ちはチャンチャラおかしい。


84 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/14(土) 22:22:14


/// 工業モノカルチャー社会 54 ////////

 日本式経営は、規格大量生産の製造業に適した組織原理であるとすれば、
それが全社会的に広まった平成の日本は、規格大量生産に適切な社会、
つまり最適工業社会である。
 だからこそ、規格大量生産型工業においては、日本は世界に冠たる生産力と
競争力を誇っている。トランジスターも自動車も、電卓もICも、規格大量生産段階に
なれば、必ず日本が最大の生産力と競争力を発揮した。コンピュータでさえも、
多品種少量生産の大型化時代にはアメリカにかなわなかったが、大量生産の
小型化が進むにつれて日本が優位に立つようになっている。パソコン、ファミコンに
至っては圧倒的だ。日本社全が、規格大量生産に適した心情と組織原理を
持つ限り、この状況はつづくだろう。

//////////////// 「日本とは何か」 ///







85 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/15(日) 19:47:25
>>84
>>日本式経営は、規格大量生産の製造業に適した組織原理で"あるとすれば"

視野が狭いんだよ、日本社会は君の云うような単純なものではないし

>規格大量生産の製造業に適した組織原理であるとすれば<

↑そんな組織原理は無い勝手に規定するな

1億2千満余の人口を擁し様々な経営形態がある、そもそも規格大量生産
は、20世紀になってからアメリカで発達したものだ、フォードなどは
その典型と云われている。

>>パソコン、ファミコンに 至っては圧倒的だ

これも間違い、今日本の電器メーカーは軒並みパソコンは赤字若しくは
赤字スレスレ、世界一のメーカーで大黒字はアメリカDELLだ
ファミコンなどのゲーム機もマイクロソフトに追い上げられている

不思議に思うのは君は何故15年も前の著作を取り上げてそれを根拠に
しているのかね。今現在事についての独自の意見は無いのか

重ねて云う、議論を始めるなら自分の意見を云え


86 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/16(月) 21:43:17


/// 工業モノカルチャー社会 55 ///////

 しかし、より迅速な決断と多様な創造を要求される多品種少量生産の超大型技術
分野や情報や流通などの面では、日本式経営の持つ雇用硬直性と集団主義は
少なからぬマイナスになるし、行政機構に持ち込まれれば総合調整不能な供給者
優先行政になってしまう。ましてや、決断と創造そのものである政治や学術・芸術に
なれば、「密室の停滞」以外の何ものも生まれない。要するに今日の日本は、すべてが
規格大量生産型工業に適するようにつくられた「最適工業社会」であり、そのための
心情と組織原理だけが全社会的に定着した「工業モノカルチャー国家」なのだ。

////////////// 1991年刊 //////////







87 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/17(火) 22:01:09
>>86 ◆EYAdXfgv.Q
>>日本は、すべてが 規格大量生産型工業に適するようにつくられた
>>「最適工業社会」であり

そもそも君の云うカルチャーの定義とは何か?
世界の先進工業国でポリカルチャー国家は有るのか、そしてそれはどの国か
如何なる要素に基づいて定義するのか?日本とはどこが違うのか

>>決断と創造そのものである政治や学術・芸術に なれば、「密室の停滞」以外の何ものも生まれない。

↑政治は決断だけでは出来ないし、学術芸術は決断とは無関係だ実に馬鹿馬鹿しい議論だ

一昔半以前の他人の意見にしがみつき、蒸し返して何の意義があるのか
現代は急速 に変容しているのだ、君の議論の目的は何なのだ

三度云う議論を始めるなら自分の意見を云え

88 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/18(水) 19:21:16

/// 工業モノカルチャー社会 57 ////////

 この例は、「工業モノカルチャー国」日本にも当てはまる。近代工業の拡大発展を
目指して、制度、組織、教育、市場構造、地域構造等から人間の評価や行動基準までを、
規格大量生産型の製造工業に適合させてきたため、それ以外の分野には不合理と
非能率と無知無策が積み重なっている。だがそれが、規格大量生産に適合して
つくり上げられた社会体制と価値判断の結果であることに気づく者は少ない。このため、
多くの日本人は、この国に渦巻くようになった不安と不満を、根本的な社会の質の
問題としてではなく、ごく個別的な部分的手直しや担当者の変更ないしは再教育程度で
改善しようとしているのである。前述した一九八○年代の「貧しさ探し」は、その典型
といえるだろう。

//////////////// 「日本とは何か」 ///







89 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/18(水) 21:16:19
>>88
>>前述した一九八○年代の・・・・・

今現在は21世紀なのだ20年前の事を持ち出して(しかも間違った)
なにを議論仕様とするのか、理解に苦しむ

四度言う自分の言葉で自分の考えを述べてみよ

90 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/20(金) 20:37:30

/// 工業モノカルチャー社会 58 ///

        「豊かさ」とは好みが満たされることだ

 もっとも、工業は紅茶や砂糖のような単一商品ではないし、そこで利用される技術も
多様である。何よりも新製品の開発を通じて、ほとんど無限に需要が伸びる。
したがって、規格大量生産型工業への特化は、日本に経済発展をもたらしたばかり
ではなく、全社会的な近代工業化を促した。また、特定農産物に依存するモノカルチャー
経済のように、国際市況の変動に国民経済が左右される危険も少ない。つまり、
経済的に見る限りでは、きわめて有利な分野への特化であった、といえる。

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91 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/22(日) 17:53:39

/// 工業モノカルチャー社会 59 ////////

 しかし、たとえそれが、技術的基盤の広い需要拡大率の高い工業製品群であった
としても、特定産業への特化は、社会全般の多様性と選択性を乏しくする点では、
モノカルチャー社会的特色をまぬがれない。今日の日本が「顔のない経済大国」なのは
そのためだ。そしてそのことが、統計的な数値の「豊かさ」にもかかわらず実感としての
「豊かさ」が乏しいという結果にもつながっている。
 人間が本当に「豊かさ」を実感するのは、自らの「好み」が満たされた場合である。
生活水準がきわめて低い場合なら、何よりも「生きる糧」がたいせっだが、それに
必要な物的需要はさほど多くはない。ある研究家の調査によれば、もし今日の日本で、
一九四九年(昭和二十四年)頃の平均的な生活をするとすれば、持ち家が前提なら
東京でも四人家族で月七万四千円もあれば十分だという。

/////////////////// 堺屋太一著 ///







92 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/22(日) 18:39:11
>>「顔のない経済大国」??

「顔のある経済大国」はいったい何処に有るんだね、答えられなきゃガセネタ

>>一九四九年(昭和二十四年)頃の平均的な生活をするとすれば、持ち家が前提なら
>>東京でも四人家族で月七万四千円もあれば十分だという。

↑だからどうだというのだ、無意味だ、そのころ東京で持ち家??焼けトタンのバラック
が殆どだ、実情を知らない寝言。

五度言う自分の言葉で自分の考えを述べてみよ

93 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/23(月) 11:33:17
来たる5月27日は東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊が、
対馬沖で、ロジェストウエンスキー率いる優勢なバルチック
艦隊と戦った日本海海戦の100周年記念日で ある。
海戦前の各国の評価では日本不利の声が多かったが、蓋を
開けて見れば日本は完璧な勝利で、世界戦史上 陸戦海戦
を問わず過去より現在までかくの如き、完全な勝利は他にない

しかし余りの勝ちすぎは日本にとって、有害な面も有った
40年後、自らの力を誤信した軍部主導によって、第二次大戦
を戦い敗戦の憂き目を見るに至った。
そして現在日本は平和憲法下に不戦の誓いを固めている

以下日本海海戦の戦果をざっと挙げる

ロシア側
撃沈 戦艦6隻    捕獲    戦艦2隻
撃沈 巡洋艦4隻 捕獲 駆逐艦1隻
撃沈 駆逐艦4隻 捕獲 海防艦2隻
撃沈 海防館1隻   脱走中に沈没 巡洋艦1隻
撃沈 仮装巡洋艦1隻 脱走中に沈没 駆逐艦1隻
撃沈 特務艦3隻

中立国へ逃走武装解除 巡洋艦3 駆逐艦1 特務艦2
遁走し得たもの小巡洋艦1 駆逐艦2 運送船1

日本側損害 水雷艇 3隻 沈没

94 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/24(火) 20:03:06


/// 工業モノカルチャー社会 60 //////

昭和二十四年といえば、餓死する人はいなくなり、子供の出生率が最高になった
年である。つまり、単に生物として生命を保ち子孫を絶やさぬだけなら、その程度でも
可能なのだ。人間がそれ以上の所得を求め、より多くを消費するのは、感覚的心情的
社会的な「好み」を満たしたいからである。
 ところが、人間がそれぞれの「好み」を満たすためには、ただお金があればよい、
というものではない。お金があること(つまり所得の高さ)は、「好み」を満たすための
経済的可能性を与えるという点できわめて重要な必要条件には違いないが、
けっして十分条件ではない。本当に「好み」が実現されるためには、もう二つ、
「好み」に適した選択を可能にする多様な供給がつねに継続していることと、それを
実現するための時間的余裕のあることが伴わなければならない。

////////////// 「日本とは何か」 ///





95 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/25(水) 13:37:08
>>/// 工業モノカルチャー社会 ////// ???

『モノカルチャーとは何か』

カルチャーとは文化、教養であり又耕すことである事は誰でも知っている

嘗て植民地に対して、政策として宗主国が自国の利益の為に半強制的に
ある種の農作物だけを栽培させ供給させていた、たとえばマレーシアのゴム
インドのジュート、ルワンダ、ブルンジのコーヒーもモノカルチャーと言えるだろう

従って工業に対しては『モノカルチャー』なる言葉は失当だ、工業は耕作しない
工業国でもし無理に当てはめれば、鉄鋼生産国ルクセンブルクの如き国だろう

日本は数限りない種類の工業生産品を持つ。モノ=MONO=単

以上によって日本が『工業モノカルチャー社会』だと言うのは牽強付会
だと言える、日本は単一工業製品の供給国ではない。


96 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/26(木) 19:22:19


/// 工業モノカルチャー社会 61 ///

 すべてを規格大量生産型工業に適するように仕組んだ日本社会には、あらゆる面で
供給の多様性が乏しく、それぞれの「好み」を満たすだけの選択の自由がない。
初等教育は没個性的均質教育に統一されているし、病院医療は標準医療制度によって
規制されている。商店街のつくりも公園の造作も似たようなものだ。そのうえ、
東京一極集中政策によって頭脳機能にたずさわる職業を選べば、東京における狭小な
住居と長距離通勤を強いられるし、地方での生活を求めれば、規格大量生産の現場か
創造性の乏しい地域サービス業務にしか就業の場がない。この国では、職業と生活とを、
ともに「好み」に合わせて選ぶことは不可能に近い。

//////////////// 1991年刊 /////







97 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/27(金) 19:11:01

日本の対外資産『185兆円』世界最大最高・・・日本経済新聞5月27日夕刊所載


98 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/28(土) 15:24:35
【政治】"日本列島、どう分ける?" 道州制で5つの分割案…地制調、総務省が提示★2
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1117254843/


99 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/29(日) 13:52:02
>>すべてを規格大量生産型工業に適するように仕組んだ日本社会には、あらゆる面で
>>供給の多様性が乏しく、それぞれの「好み」を満たすだけの選択の自由がない。

何時の時代の日本のことだ、供給の多様性がないというなら、証拠を挙げよ
町にはありとあらゆる種類の商品が満ちあふれて、好みを満足させている。

医療についても米国では手術でも受けようものなら、莫大な料金を請求されるそうだ
制度は相対的なものだ。

>この国では、職業と生活とを、ともに「好み」に合わせて選ぶことは不可能に近い。

世界中何処の国でも同じ、気に入った職業に就けるものは少ない、しかし殆どの
職業は社会にとって不可欠だ。金を獲得するのは気楽ではない。

頭脳機能←聞き慣れない言葉だが知的作業の事か??
学者、芸術家、農民、職人、商人等々あらゆる職業人は知的な活動を行っている
のは常識だ、社会は他人のために奉仕し、又他人に奉仕されて成り立つのは中学生
でも知っている。
君の議論の大きな欠点は、自分の意見を持たないことと、社会の現実を観念的に
考えていることだ。
朝鮮人の君が、日本社会を馬鹿にして腹いせしている気持ちもわかるが、半可通
は止めろ。論評するなら祖国韓国の分析でもし給え。





100 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/29(日) 18:54:58


/// 工業モノカルチャー社会 62 //////

 日本が、本当に「豊かさ」を実感できる国になるためには、より多様な供給を許し、
より多くの選択の自由を可能にしなければならない。だが、それは、工業モノカルチャー
社会としての利点、「最適工業社会」をある程度放棄することをも意味している。
規格大量生産型工業の発展拡大によって経済的に成功を収めた日本が、あえてそれに
踏み切れるか否かは、「平成の日本」の重大な課題である。日本がいま、この二十世紀の
末に、そのような「最適工業社会」を形成しているのは、日本国土の風土、そこに
生きた日本人の歴史、そしてそれらが生み育てた日本文化の長い伝統に由来する
ことだからである。

///////////////// 講談社文庫 ///







101 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/31(火) 19:58:42

/// 工業モノカルチャー社会 63 ///////

 未来を考えるときには、まず現在を知らなければならない。現在を知る
ためには過去を探らなければならない。日本の未来を考えるためには、
この国の由来を見きわめるべきだ。国際的な位置づけにおいても国内的な
体制改革においても、きわめて重大な時期にさしかかったいまこそ、
「日本とは何か」を、われわれ日本人は見つめ直してみるべき秋だろう。・・・・・

/////////////// 「日本とは何か」 ///







102 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/03(金) 19:45:16

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」, 1991年 講談社発行
    講談社文庫, 税込価格:\580, ISBNコード: 4061855948

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103 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/05(日) 21:47:35

/// 日本における「文明の犯人」 1 ////

堺屋太一著 「日本とは何か」 講談社 1991年刊 講談社文庫,
税込価格:\580, ISBNコード:4061855948 より

第五章 文明を左右してきた資源と人口

・・・・・
    日本における「文明の犯人」
        外国文化を取捨選択する習慣

 ・・・・・始代から中世に至る世界の文明の能様を追ってみたのは、ほかでもない。
日本の文化、日本人の性格を考えるうえで、この国の「文明の犯人」、資源環境と
人口と技術の関係を整理してみたい、と考えたからである。

////////////////// 堺屋太一著 ///







104 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/06(月) 23:06:28

/// 日本における「文明の犯人」 2 ////

 何度も指摘しているように、日本は島国だ。それも周辺の地域とは「狭くない海」で
隔てられた「半孤島」である。だから、文化や文明、技術、情報、それに少数の
人々が入ってくることは古くから可能だったが、資源を大量に運ぶことも、大人数の
集団が一挙に移動してくることもなかった。絹糸や陶磁器を持ってきたり、銅や銀を
持ち出したりすることはできても、大量の燃料や食糧を輸出入することは明治以前の
日本ではあり得なかった。つまり、資源環境でも人口動態でも、ほぼ日本列島の
内部で完結していたわけである。その意味で日本は、一種の実験室的な国だった
といえるだろう。

////////////// 「日本とは何か」 ///







105 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/09(木) 21:33:59

/// 日本における「文明の犯人」 3 ////

 ただ技術や思想だけは、他の諸国以上に外国に依存していた。したがって
日本は、資源環境と人口動態の異なる場で生まれた技術や思想を利用する
ことになる。そのことが、日本の発展を特殊なものにした。
 日本に大陸の進んだ技術や文化が入り出したのは、この国の歴史がはじまる
以前のことらしいが、本格的な流入は四世紀頃はじまったと見てよいだろう。
灌漑、農耕、冶金、工芸、建築などの新しい技術が、仏教や儒教などの思想
とともに、帰化人によってもたらされ、土地と資源の開発が急速に進み古代国家が
形成される。これによって日本は、遅ればせながら始代から古代に転換する
農業革命を経験したのだ。

/////////////////// 1991年刊 ///






106 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/13(月) 20:36:03

/// 日本における「文明の犯人」 4 ////

 それまでの日本にも、いくつかの小地域的な「政権」があった。最近の発掘で
「大和王朝」の形成は三世紀に遡ると見られるようになったが、統治力が及んで
いたのは河内平野と大和盆地ぐらいで、その周囲はまだ未開といってよい状態だった。
そしてそれとは別に北九州や出雲にも小勢力があり、越前あたりにも何らかの
政治勢力があったらしい。自然の水流によって米作を行っていた程度では、
いずれの政権でも資源の量も限られ人口も少なかったことであろう。
 そこへ中国から朝鮮半島を経由してどんどん新しい技術が入ってくる。新技術を
持った人々が帰化人として流入する。このため、飛鳥時代後半から土地開発が進み、
関東以西が統一された。この結果、日本は人口の割には物財の豊富な時期を
経験することになる。それが頂点に達したのは、おそらく奈良時代の初期であろう。

///////////////// 講談社文庫 ///







107 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/17(金) 21:49:13

/// 日本における「文明の犯人」 5 /////

 このため、奈良時代には華やかな大型文化が花開いた。西暦七四七年に
着工された世界最大の銅溶着像・奈良大仏は、その成果をいまに伝えている。
 大仏建立時の東大寺は、現在見るものよりもはるかに大きかった。大仏殿は
いまの二倍ほどの容積だったし、その左右には九十メートルを超える七重の塔が
あったという。全国の人口が五百万人以下だった当時としては、何とも凄いものを
つくったものだ。しかもそれは、日本古来の文化とは正反対に、建物は朱塗り
仏像は金箔貼りというきらびやかなものだった。奈良時代の日本人は、いかにも
古代文明的な物財誇示の好みを持っていたのである。

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108 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/22(水) 21:21:19

/// 日本における「文明の犯人」 6 ////

 しかし、この頃すでに先進国の中国では古代文明が衰退して久しく、宗教的な
社会主観の社会、つまり中世が完成していた。このため、日本への技術の流入も
一通りのことがすむと中断する。そのうえ、これと一緒に流入した思想はいかにも
中世的で、古代文明にあこがれる日本人には受容し難いものが多かった。
素晴らしい先進国で普及しているのだから、よいはずだと思ってみても、どうにも
納得ができない。ごく一部の外国かぶれが感心するだけで、一般庶民にはなじめ
なかった。
 このことから日本人は、外国文化のある部分を受容し、他の部分を峻拒する
選択の習慣を身につけた。古代の日本人は、中国文化の熱心な模倣者であり、
多くのことを中国に学んだが、同時に、他の国々には例を見ないほどの頑固な
拒否者でもあった。

////////////////// 堺屋太一著 ///







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